2005年08月02日

ガイアの夜明け サッカービジネス

今日放送のガイアの夜明けという番組でサッカー選手のチームとチームの橋渡しをするサッカーエージェントよ呼ばれる人々と、その背景で動く巨大なマネー、サッカービジネスを特集していた。
もともとこういった選手を商品として扱う人々は各スポーツ界にいて、大リーグなどでも活躍しているのだが、サッカーは世界的に人気のあるスポーツ。つまりワールドワイドビジネスと言うことになる。

見ていてひとつ気になったことがあった。「人材ビジネス」についてである。日本においての人材ビジネスは海外ほど活発ではない。それに、日本はこれから平気で税金がたかくなる。とてもじゃないが、日本にいれなくなる。優秀な人材は日本にいるということ自体が不利になる。利益が国に吸い取られるからだ。
これは将来的に何を意味するかというと、日本の人的資源の空洞化の危険性がある。つまり、もっと「引き抜き」が活発化してくれば、日本の優秀な人材は海外へと引き抜かれていってしまって、日本国内に残らなくなってしまうと言うことである。これは、日本の窓口の狭さや人材流通システムの不備、そして一番のネックが税金ということになる。
日本には人事において「動的」な性質がない。これはいかにシステムが優れていようと、優れた人材に対して「仕掛けていかない」という一番のデメリットを意味する。それは言い換えてシステムの死である。この不備をただし、人材システムを活性化させるには、どうしても賃金の面や仕事に関しての「評価の見直し」が迫られることは言うまでもない。どう転んでも、「評価主義」に社会は傾く。これは海外の会社を相手にするうえで避けられない事態となる。そのうえで、あたかもスポーツ選手を引き抜くかのように人材を獲得していく。そうなってこそよい意味での流動化が生まれると私は思う。職場の仲間がうんぬんとかチームでの仕事うんぬんという批判はあるかもしれないが、一番の問題は「本人が納得し、そして充実して仕事に取り組めるか」ということが一番大事なのだと私は考える。そういう考え方が日本にはまだ馴染んでいない。個人は会社の歯車ではない。個人は個人だ。それが人権だ。それを最大限に生かすにはどうすればよいのかを真剣に考えていかなければ、人材の空洞化、もっと言えば、日本の経済貧困化が生まれる。人材力は即ち国力だからだ。
国のことを考えるならば、個人のことから考えなければならない。我々は民主主義社会に生きているんでしょ?ですよね?
posted by ハヤブサ at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月15日

新たな法体系システム





諸刃の剣になる恐れは充分にあるし、従来の法律の概念を充分に逸脱した危険なシステムであることは間違いないが、現在の法システムは果たして巧妙化する犯罪に対応しきれているのであろうかと言う疑問から、トリガーシステムの法律を作ればいいと考えた。
それは、案件を挙げておいて、何らかの事件発生とともに法律効果を発揮するというシステムだ。
ネットやアンダーグラウンドの犯罪は逃げ足が勝負だ。
多くの被害が出てからようやく法律を作りましょうと言うのでは経済的な損失はあまりにも多くなる。
これからより国際化となると、どんな犯罪が発生するか未知だ。
特にこのような事件はネットを使った犯罪や、機械、プログラム、システムのすり抜け、国家間の法律の差などをうまく使った場合に発生する。
トリガーを作る機関を設置し、そこは民間の法律家などから人員を組織する。
そのトリガー機関を監視する機関を設置、民間人から入れ、案件をあげる前に案件として妥当かどうかを審議する。
どちらも定期的に入れ替えを行い、一度所属した人間は入れないようにする。
トリガーはトリガーの段階では法律効果を発揮しないが、事件発生とともに国会か、もしくは警察機関か、最高裁判所の特設機関(これも新たに設置)の承認により法律効果を発生、事件を追うというシステムになる。

個人情報保護というのも正規の情報かどうかを確認する情報への信頼性を高める何らかのシステムを作ればいい。
例えていうならば、JIS規格みたいなものだ。
情報と言うものが、確かにその会社が合法的に仕入れ、その会社独自で扱っているものだと言う言わば指紋認証システムにも似たシステムを作ってしまえばいいのだ。
そうすれば、いちいちダイレクトメールがどうのこうのとか詐欺電話がどうのこうのと言わなくてもいい。
電話については液晶で表示できる。
そこで非合法か否かを知らせばいいのだ。
例えばそれはまるPマークみたいな(personalの略)、ちょっと安易なマークだが例えばだから許して。
そのマークがなかったりすると非合法、そして、マーク偽装は重罪なんてのがあったら企業も個人情報保護だけに莫大なコストをかけずに済む。
電話会社がそのような情報認証機関みたいな子会社を作ればちょうどいいのではないでしょうかね?
posted by ハヤブサ at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月27日

目に見えない利益



さおだけ屋はなぜ潰れないのか?から。
この中で「百人の友との交友に時間を費やし絆薄く、幅広く付き合うよりも、百人の友を知っている人と深く付き合ったほうがよい」というような内容が書かれてあった。私の知っているお坊さんの説法や禅語の本にも書かれていたが、「来るお客様一人に対して、なんだ今日はたった一人かだなんて思っていたら誰も来ません。それよりも、こんな店にようこそ来てくださったと精一杯の笑顔でありがとうの気持ちを言えばきっとそのお客様は満足して帰っていってくださる。一人一人のお客を大事にしてこそ商売繁盛の秘訣があるものです」ということを聞いていたので、「百人の友を知っている人と仲良くする」という点にはぴんと来た。そもそも「数値化」するということは、「目に見えないもの」を数値化しているのだから、その「目に見えないもの」を見逃してしまっていてはせっかくのチャンスもどこかへ逃げてしまうだろう。それは「笑顔」だったり、「感謝」だったり、「サービス」だったり、するわけだ。「心からの笑顔は最高のサービス」とも言われるが、「たった一人でも誠心誠意尽くす」ことは、「彼の知っている百人の友も同時に大事にしている」ということにもなるだろう。私も最近ふと思い出して、心がけているのが「愛情」なのだが、どうも辛辣な性格が幸いしてかいまいち理解されない・・・と思っているところがすでにわがままなのだろうが、閉塞感は補えない。私事になってしまったが、ともかくも「お互い」気持ちいい関係でなければ、片方がどんなに笑顔でいてもその笑顔を奪ってしまいかねない。愛情は一方通行では潰されてしまうのだ。極端に言えば、さすがの愛情も百日の無視には耐え切れないのだ。お互い気をつけましょう。
posted by ハヤブサ at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月26日

危ない脳?



もしも、脳の信号が「想像」と「現実」を区別していないのであれば、子供にとって「ヴァーチャル」というものに長く浸らせるのは危険すぎる。なぜならば感覚そのものを学ばない行為というものは、感覚の抜けた現象だけを理解することになる。それよりも喧嘩をある程度止めないでやらせたほうがずっといいということになる。感覚を学ばなくて、現象だけを学んでいくならば、「騒いだから殺すのに興味がなくなった」とか、「人が騒ぐのがおもしろかったから殺した」とか、とにかく現実離れした理屈も理解できる。彼らにとっては「テレビ画面」の中で起こっている感覚とまったく一緒ということだ。「殴られて学んだ現実」から理解するものと、「テレビ画面から学んだ現実」とは脳の中では同じ「現実」であって、「テレビやゲームでしか学んでいない人」は「感覚」を知らないのだから、いくら口で「これはいけないことで、凄く苦しいことで、悲しいことなんだ」と説明したところで何一つ理解しないはずだ。
思い返してみれば、そんな「ゲーム感覚」の事件がいくつも起こっている。「ゲームで練習したから飛行機を飛ばせると思った」というハイジャック事件、今回の列車事故も似たようなゲームをやっていたのではないだろうかとついつい疑ってしまう。特に信じられない供述をするのは若い人が多いように思う。これからますます「ヴァーチャル」が強化されていく時代で、どのように「現実」と「ヴァーチャル」の違いを教えていくかは大きな鍵になるかと思うが、その大きな解決策になるのが「コミュニティー」というキーワードであるだろうことが考えられる。
posted by ハヤブサ at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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