2006年02月14日

負け犬の遠吠え

発行:講談社

この本が「悪の枢軸」です(笑)
 30歳を過ぎた未婚で子どものいない女性はすべて「負け犬」とした上で、なぜ負け犬になるか、負け犬の特徴を挙げて、痛快かつユーモラスに仕上げている。自分を「負け犬」と認め、開き直ることで「聖域」と呼べるほどの不可侵領域を築き上げている。

 もう、ここまで書いたらもはや別世界の人のように見えてくるが、本当にこれはギャグの本ではないかと思うほどにおもしろかった。思い当たるふしがありすぎた。もちろん私が男性だから気楽なのかもしれないが、該当する女性はあからさまに敵意と憎悪をむき出しにし、これから負け犬になりそうな女性に不安感を与え、専業主婦からは足蹴にされそうな内容である。彼女らはさっさとこの本を集めて広場で燃やしつくし、高々と燃え上がる炎を囲んでほくそえみたい気分になっているであろう。ぜひ、作者には生涯負け犬として過ごし、負け犬として死に、その間際に負け犬でいることの功罪を本にしてシリーズ化して欲しいと思う。まさに命を削って日本国家に奉仕する役を彼女は石をぶつけられてでも買って出たということだ。物事に犠牲は必要だ。ぜひ、現代女性のキリストとなっていただきたい。

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頭のいい女、悪い女の話し方

発行:PHP文庫

いつの間にかバカ女?
 会話センス50カ条。ダメな話し方、いい話し方、恋愛を発展させる話し方、失う話し方を50の項目に分けている。

 目次を見ればわかるが、悪い例の中には、「いるいる。確かにこういう人いる」と頷いてしまった。いわゆる「イタイ女」「見苦しい女」「迷惑な女」という部類に含まれるのではないだろうか。男性の中でも特に「プライベートを大事にしない」とか「不満ばかり」「荒さがしばかりする」「自分を正当化したがる」「エリート風をふかす」「勝ち負けにこだわる」などは思い当たる。この本の内容をきちっとやろうとすれば鬱になるかもしれないが、気軽に気をつける点をチェックする程度で少しずつ改善していけばいい。

 また自分がそうである場合、他人がそうである場合の対処法が書かれているため、自他共に客観的に見られるようになるのではないかと思う。自分へのチェックとして本を気楽に活用していただきたい。
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大人の愛 ホントの愛

発行:成美文庫

本当に男性心理の核心をついている
 女性向けの本だが、男性心理をうまくついているため、むしろ女性側からのアプローチの仕方ではなく、「こういう男はどんな男なのか」の核心をついている。ダメ男、いい男の見分け方、愛し方読本。

 著者は「父権の復活」を試みているようだ。わかりやすく言えば「トップダウン方式」。つまり上から物を言う、統率する、そんな感じだろう。そういう方式では、現代の女性心理からしてみれば、多少苦痛に思う部分があるのではないだろうかと思った。特にセックスについての項目について、私は反論がある。負の感情(寂しさ、悲しさ、恨み、怒りなど)で女を抱いては絶対にいけない。女性は「心地いい男性」を求めるものだ。それが時として「都合のいい」ものに置き換えられているが、基本的に女性は深く関わった男性心理の影響を受ける。変化に気がつかないのは毎日自分を見ているからだ。久しぶりに会った友達には見抜かれるくらい変わる。一度悪い影響を受けてしまうと、女性の場合「毒抜き」が非常に困難になる。精神の一部分が毒されてしまうと、自分自身ではなかなか毒抜きがきつくなる。ダメな恋愛を繰り返してしまうのは、実は同じ恋愛を繰り返して傷を掘り下げているからだ。よくよく自分を考えて欲しいと思う。必ず、似た部分があるはず。必ず、ウィークポイントがあるはず。それが、現在あなたを毒している部分かもしれない。

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もっと「モテる男」になる方法

発行:三笠書房

男のダンディズムとは
 もっと大胆で、控えめで、マナーを守り、戦い続け、夢を持ち、近づきがたく見えそうでも、とても惹きつけられる男とはいかなるものかを説く男のダンディズムの書。「いい人」ではなく「いい男」とは男らしくなければならない。男の真の「男らしさ」でアピールするための本。

 「がっつく」というよりも、「制御」する、というのがポイントじゃないだろうかと思った。この本は頷ける点が多々ある。不良っぽく見えても、マナーは絶対守る男。「清潔感」は21世紀のモテる男のキーポイント。満腹ではなく腹八分。見えない場所にどれだけ気を使えるかなどがあり、性についても触れている。男性向けの本なので、むしろ女性に読んでもらいたい部分があったが、それは「ペニスの否定は男としての存在価値を否定されたも同然」という内容。そのように存在価値を否定された男が幻想に走り、憎しみから犯罪へと走ることもあるという部分は、確かにありえると思った。体に本来備わっていてどうしようもない部分、例えば背が低いとか、顔の目の部分が気に入らないとか、足が短いとか、そんなコンプレックスでさえ否定的に言われたら傷つくのに、ましてや生殖器ならなおさらだと思う。当然、そのように相手のことが気遣える「いい女」は安易に否定したりしないだろうが。

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最初の一言をどうかけるか? なぜか「モテる人」、出会いの話術

発行:幻冬舎アウトロー文庫

ナンパテクニック指南本
 特に小難しい説明もいりますまい。そのままナンパテクニック本です。街行く女性にいかに声をかけて女性をゲットするかのテクニック本です。よく訪問販売のセールスマンやデパートでの店員などが似たようなテクニックを使います。いかに相手から考えさせる力を奪っていくかが大きなキーポイント。

 この本では、理論のあとは実践、しかも数をこなせとありますが、私自身はなりふりかまわぬえげつない方法は反対なのです。では、なぜこういう本を紹介するかというと、ナンパという手段も時としてはありかなと思うのです。男の側が真摯ならば、必ずよい恋愛に発展します。ただ、ストリートが基本のナンパテクニックだったりするので落ち着いた場所での声かけとはまた違ってきます。本当にいい女を口説きたければ、口説かずとも惚れられるような内面を鍛えましょう。
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人は見た目が9割

発行:新潮新書

ノンバーバル・コミュニケーション?
 色、仕草、形など、「視覚情報」がいかに感情や考えを左右しているか、その影響を心理学的背景から説明している本。言語が7%しか物事を伝えていないのに対して、ノンバーバル・コミュニケーション(言語以外の伝達)は残りの93%を伝えている。また、「間」や「嗅覚」に関することにも触れている。見た目が左右する人の心を考察することで、自分や他人が見えてきます。著者は『哲也 雀聖と呼ばれた男』の原作者(筆名:さい ふうめい)で、漫画を使った人間のデフォルメ講座もまたおもしろい。

 我々は知らず知らずのうちに見た目で左右されている。時としてそれは自分への自信のなさに現れたり、他人をなんとなく信じてしまったり、見た目を制御することで自分を自信のある人物に見せかけたり、かわいく見せかけたり、知的そうな人に見せかけたりする。別に誰に教えられたわけではなく、人には見た目から発生する「先入観」にとらわれる。そしてその「先入観」は真実を大きく見誤らせるということをこの本は示している。

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2006年01月24日

「脳」整理法

発行:ちくま新書

わかれば納得!
 読むとだんだん快感になってくる現代への脳整理法。

 科学の視点により、世界の仕組みと個人の生活から学ぶ知恵とその間にある偶然という三つの視点から、溢れ出す情報公害への対処法を学ばせてくれる。また、情報を整理することによって個人のあり方も提言する。現代人目からうろこの必読の書。

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生きるのがつらい。 「一億総うつ時代」の心理学

発行:平凡社新書

あなたもまわりもうつ防止
 自分や他人を追い込まないためにも役立つうつのための思考法。

 一億総うつ時代のためのうつの人への思考法。反ポジティブ思考法で、自己・他者受容しようというのがこの本。具体的な方法もまとめられているのでかなり役に立つ。がんばりすぎてしまったり、どうしても「〜しなければならない」という強迫観念が抜けない方、気がつかない間にうつになってしまう人などの危険性を、社会的な環境からも指摘している。また身近な人に対しての救助方法、うつにならないための予防策も記されているので、うつではない人にも充分役に立つ本と言える。

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2006年01月12日

雪国

発行:新潮社

わぁ・・・素敵♪
 川端康成の代表的作品。きらりと舞い落ちる雪のような美しい描写と文体で切々とした恋愛模様を描いていく。

 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」で始まるこの小説は描写がとても美しく、またよく読むとエロティック。高校生あたりで読んでも気がつかなかったものが、「ああ、そういうことをこの女性としちゃったのね」と妄想できるまでに成長しました。もう己の純な時代は過ぎ去ったと言うことでしょうか。女性心理の描き方が絶妙すぎて、男性としてはわかりづらかったりするところもあるかもしれません。でも女性なら微妙な期待とそれへの裏切りと愛情と先走りと勘違いから生まれてくる駒子の感情がわかるのではないでしょうか。男性なら急に甘えだしたり、すねたり、時には怒り出しちゃったりする女性の姿に混乱する方も少なからずいらっしゃるとは思います。現在ではホステスがこの微妙なやり取りで男性客を翻弄することがあるので気をつけてください。

 意外にも惚れやすい主人公の男性。主人公の視点が魅力的に人物を浮き立たせています。私なら節操なくがばっとやっちゃいそうなものが、結構じわじわ、つかず離れずやるのでストイックにも見えてきます。この微妙な距離感がまたたまらなく快感になってくるかもしれません。

 熱を感じるほどに近くなく、また冷えるほどに遠くない心理的距離が星にも似た雪の結晶の降り注ぐ世界で展開されていきます。また読みたくなる作品。

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伊豆の踊子

 発行:新潮社

生々しい人間を描きつつも不可侵的な領域を作り上げる
 孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね、その息苦しい憂鬱に耐え切れないで伊豆の旅に出てきた青年が、旅芸人の踊子へと思いを募らせ、心を浄化させていく「伊豆の踊子」、温泉街で働き毒づきながらも力強く生きる女たちを描く「温泉街」、死んだ男性への恋慕と回想を美しい文体で切々と描く「抒情歌」、鳥という動物を通して人間を描いた「禽獣」の四本の短篇集。巻末には三島由紀夫が文を寄せている。

 川端康成をふと読みたくなって、数年前に読んだものを改めて読み返してみました。本とは不思議なもので年をとるとまた違った風に感じられてきます。

 人は自分の感情によって他人に対する見方がころころと変わります。いらだっている時に人を見るときと、非常におおらかな時に人を見るときでは、また違った印象があるのではないでしょうか。

 川端作品には、とても毒気があるように思えます。それは「人の醜さに対する毒気」であり、「死」に対する極限的な見方であり、その毒気が綺麗な文によって包み隠されているので気がつかないでいたのだと思います。


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2005年12月22日

ベター・ハーフ

発行:集英社

THE 夫婦生活!
結婚、妊娠、出産を経て、人生における夫婦の諸問題をリアルに浮き彫りにした傑作。リストラ、不倫、介護、お子様受験などなど、夫婦なら誰しも一度は感じたことのある夫婦模様をそれぞれの理想と現実をギャップにして浮きたたせている。

恐らく夫婦ならこの小説を切実に受け止めると思います。それは、売れたことからもわかります。私は結婚はしていないのですが、個人的には嫌な話だったかなと。小説の評価としては夫婦間の実情をこれでもかというほどに描写している点は非常に優れているので高評価ではあります。でもこういう結婚する前にこういう本読んじゃうとどうしても結婚に抵抗感が出てきちゃうのが自分の気持ち。最初は小説の中みたいにラブラブで喜んでいてもだんだん現実がうざったくなってきて、夢のようだった恋人時代のことを懐かしく思うのかななんて考えると思わず震えちゃう。そうなると「ああ、結婚ってなんだろうなぁ・・・嫌だね」って思えてくる。

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2005年12月20日

新装版 松翁論語

発行:PHP研究遜

もうオーラ本指定!
え〜、殿堂入りです。現在のPanasonic、松下電器産業続式会社の創業者松下幸之助の語録を論語風に938にまとめたものですが、内容は多岐に渡り、経営、国家、個人、そして地球規模にて語られます。経営者としてのみならず、人としてどうあるべきか、己を高めるためにはどうあるべきか、人として他者と・していくにはどうあるべきか、人の上に立たなければならない人間はどうあるべきか、企業は、お金とはどうあるべきかが克明に記されています。巻末には索引もあって、単語単属で調べることも可能です。

これ、暗記して人生訓にしたら恐ろしいほどの人間ができあがるのでは?世界を背負えます。
  
ぜひ、一読をお勧めいたします。

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2005年09月17日

「なぜか人に好かれる人」の共通点

発行:PHP文庫

人に好かれるための本ではありません
人に好かれるための本ではありませんが、好かれる人の共通点を書いた本であります。これはここに書いたことを実行せよと言うことではなく、自分を客観視するためにおおいに役に立つ本です。
自分のどこが悪いのか、いい部分はどこなのか、それが見えてくれば悪いところは改善し、よいところは伸ばせるはずです。つまり、この本はよい自己改善本になるはずです。悪い例も書いてあるので、自分が良かれと思っていたのにどうして敬遠されるんだろうと思っている人はこの本の中にヒントが隠されているかもしれません。とってもわかりやすく書かれているので、一日一項目ずつ読んでひとつずつ心に刻んでいくのもよいかもしれません。
優しく語り掛けてくるような文体が柔らかさを感じさせてくれます。
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青空チェリー

発行:新潮文庫

あ、いいなぁ
「女による女のためのR−18文学賞」で、読者賞を受賞した「青空チェリー」他、戦時下という設定が舞台の「ハニィ、空が灼けているよ」と青春の思い出を拭い去れない男が主人公の「誓いじゃないけど僕は思った」の短篇三つが収録されている。
年が似たようなせいなのか、それとも彼女の魅力なのか、文章がとてもすらすらと入ってきて、共感できる部分が多かった。きっとこの年代が考え、思っていくことはどこか似通っているのかもしれない。素直に、「あ、いいなぁ」と思った。


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2005年08月11日

生きて死ぬ智慧

発行:小学館

般若心経入門の最高の書
 般若心経をわかりやすく訳した、とてもシンプルな本。イラストも綺麗で今までちょっと般若心経の本を手にとってもぱっとしなかった人はこれが最適の本になることは間違いない。ここまでシンプルでわかりやすい本は他にはない。見やすく、綺麗。現代風に書かれているのでまたこれもとっつきやすい。
 最近の物理学はおもしろい。特に粒子に関する本の中で「僕らは存在と言うものに関してどう定義するか、という問題について、まずこの本では触れないことにします」という前置きがあるのがおもしろい。結局、原子を構成する陽子、電子、中性子があって、さらにそれらを構成している粒子が見つかって、内容はよくわからなかったが小柴さんなどが素粒子の研究においてノーベル賞をもらったりした。
 粒子というものは、写真のように静止した空間には確かに存在しているが、常に飛び交っている。次の瞬間にはどこかにぶっ飛んでなくなってしまっているのだ。それを物理学が発見して、「じゃあ、物の大元が静止していない、不安定な状態なのだから、存在するってどういうこと?」と、学者は混乱しているわけです。これが文学系の博士じゃなくて、理系の人が証明してしまった。科学的解釈とはそのことをさしています。
 人は五感によって他者と自分を区別しています。つまり、感覚があるから自己を認識できる。しかし、僕らも宇宙も結局「粒子」でできあがっていますから、他者も自己も石も木も宇宙も地球もなにもかも同じなわけです。それをはっきりと他者と自己を区別しているのは、感覚からによる内的精神活動のためです。もっと言えば「個の保存」です。だって、他人のこと自分だ、あいつもこいつも自分だって思ったら生きていけないわけですから。
 色即是空、空即是色がすべてを物語っています。簡単に言えば「あるからなくて、ないからある」ってことです。苦しみや恨みや悲しみや知識などはすべて五感の生じるところであって、あなたの感覚がなければすべては存在しないでしょう。だけれど、すべてがない感覚こそこの宇宙を含むあなたの存在なのです。というのが、これ。悲しみも恨みも感じる感覚がなければそれは存在しない。感じないでいることこそ、すべてを感じる第一歩です。生まれるから死に、死ぬから生まれる。結局は一面的で同じこと。そういう痛烈な二律背反が般若心経の世界なんです。
 五感ってなんでしょう。生命ってなんでしょう。死ぬとか生きるとか、常に二律背反が僕らの宿命としてあるわけなのですが、私たちはどうしてもはっきりと結論を求め、区別したがります。もっと言うならば「自分を満足させるために自分を納得させる理由を求めずにはいられない」生き物なんです。そう考えると、人間の感覚ってナンセンスです。
 私は「同情」と「思いやり」の違いについて考えていました。「同情」はとても内向的な気持ちです。その気持ちはむしろ相手よりも、自分自身に向いている。自分の感覚が結局内側でぐるぐる回ってそこから「ああ、相手って、痛いだろうな」っていう感覚が「同情」。でも、「思いやり」は、もっと自分を越えたところに存在するんじゃないのかなって思います。自分の体験以上の物事をくみ取り、相手への推量ができ、そして相手が喜ぶことをできたならばはじめて「思いやれる」のだなと考えたりしました。
 とにかくこの本、宗教臭さがぜんぜんなくとっつきやすい本です。これはオーラ指定の本ですよ。
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2005年07月21日

きっと君は泣く

発行:角川文庫

女であるということ
 「女」であることを作り出し、それを武器にしていく主人公。「女」への固執が整形などの外見的な「美」へと走らせたこの主人公の対比として「大魔神」と呼ばれるブス女が出てくる。「女」は女で生まれたときから「女」というわけではない。「女」は自ら創り上げていくものだという作者のメッセージがくみ取れる。ブスは自分への手入れすらしようとしないからブスなんだということだ。この主人公はけっこう辛辣。私が書いたりしたら反発を買いそうだが、女性が書いているので反発の気持ちが薄れる。説得力も出てくる。自分への卑屈な気持ちを持った人間はその卑屈さを時として武器にするが、私はそれは醜いことだと思っている。本人にとっても諸刃の剣のはずだ。お互い反発しあう二人がどことなく打ち解けていく過程もおもしろい。
 この主人公、ちょっとバカっぽい主人公なのだが、その主人公の最大の欠点もこの話の中で出てくる。それは「想像力」である。
 どことなく腹の立つ人間のほとんどは自己中心的である。自己中心的である最大の原因は自分のことしか考えられないからである。それは明らかに周囲の状況や心情を思い浮かべるだけの想像力が欠如している。あくまで周囲の状況から自分のことだけを考えているのが自己中なのだ。
 鏡の話が出てくる。鏡はありのままの姿を映すという。
「どの写真を見ても、あんまりよく写ってないとか文句言うだろ。写真も一緒だ。〜他人が見たとおりに写ってるんだよ。違うと思ってんのはお前だけだ」

 ほとんどこの主人公、手段を問わないような都合のよさが垣間見える女だが、それでも最後には欠けていた一片を見つけたようなところが印象深い。さて、彼女が見つけたのはなんだったのでしょうか。
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ナチュラル

発行:幻冬舎

最も自然なもの
 まるで箱庭劇のように話は進む。一人の女性を中心として二人の男性との性の繋がりと三角関係とを通してそれぞれの心情を浮き彫りにしていく。
 いわゆる不倫だったりと大人の事情が垣間見えるが、むしろ主人公はそんな事気にしていない。刹那的よりもむしろ温かみを求めて居心地のよさだけを感じているようにも思える。
 最も自然な男女の繋がりはなんなのだろうか。私にははっきりとは断言できないが、ここでは性での繋がりを強調している。すでに妻子のいる彼氏に比べ「俺の子供を産め」という浮気相手が対照的だ。主人公のセリフがことごとく主人公を照らし出しているのが大変皮肉だった。
 理性的なものよりももっと本能的なのが身体だ。体が性を覚えていてそこから感情が揺れ動く。脳よりも体が条件反射で動く。最初に犬のことがでるが、まさにこの主人公は躾された犬を象徴するかのようだった。誰かの「ナチュラル」に従うこと。己の「ナチュラル」に従うこと。求めるものと与えるものが一致すれば互いに離れられなくなる。それは自然に起こってしまうことのように思える。一方の関係では秘密を守り、一方の関係でもどうどうとしつつも彼の家庭へは踏み込めない。ここでも秘密を抱えている。三人ともずるい関係を続けていくのだが、セックスの味を強烈に覚えた関係というのは、私は普通の恋愛よりももっと特殊に繋がっていくように思える。それはやはり理屈を越えた本能の問題なのだ。本能に近いということは最も生物的な人間に近い。自然な状態であるということだ。
「恥ずかしさは必要なのよ。何をして生きていくにしろ」

 性が生だとすれば、主人公は何を求めたのだろう。ただ、主人公は今の関係が壊れることを恐れていた。全身が余さずに満たされる快感にひたっていたかったのか、穏やかな水に浮いているような気持ちになれるのが好きなのか。どことなく寂しさを覚える不思議な作品だと思った。
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2005年06月06日

熟れてゆく夏

発行:文芸春秋

ああ、まるで梅雨のよう
 じとじとしている。じめじめではない。それよりも乾いてはいるが、「膿んでいる」のが全体的な雰囲気として上げられる。書評は後書きで本に書いてあるからしない。だからせっかくだから個人的なことを書く。と、言っても本のことだが。
 非常にイライラしていた。いつもならすらすら読める文章が、この人の文章だとなかなか頭の中に入ってこない。二日も三日も同じところを読んでいたがそれでも頭の中に入ってこない。後書きを読んでようやく確認できたほどだった。なぜだろう。この三篇の中に出てくる主人公の女性には共通して「トラウマ」とも言える、ある種の傷が存在する。与えられたもの、覚えてしまったもの、意味不明なもの。この三種の傷がそれぞれの主人公を彩る。藤堂志津子さんの文章力はまるで詰め込みすぎた弁当箱のようだ。自分にとってはそれはあまり美しいとは言えない。一体何を読んだかさえもよく思い出せない。とにかく息苦しい。
 「鳥、とんだ」では、男性への疑念とそして「どうして信じさせてくれない!」というセリフにもあるとおり、己が抱く相手への理想と期待によって自滅していくさまが描かれている。中に出てくる耳が腐食していく犬が、それに気がついているのかそうでないのか、処方された薬を省いて餌を食べ続けるように、まるでその飼い主も己の抱く「病的」な相手への疑念と重なっていく。あまりにもあんこが詰まっているので最後にお茶を出されてもちっともすっきりしない。どの編もそこから先の主人公の変化があるのだろうが、どうにも中にじとじとしたものが詰まりすぎているような感じがする。私自身はそれを含めた文章の詰め込み具合が、自分の脳みそのキャパシティーに合わなかっただけの話なのかもしれない。
 「熟れてゆく夏」は第百回直木賞受賞作だ。最初は藤堂志津子という作家は詩人から始まったらしい。作中に出てくるあらゆる暗喩を含んだ詩がこの話すべてを掴み取っている。タトゥーのような過去の記憶が消えないままに体に刷り込まれている。その記憶を嫌悪をもしている。まるで熟しすぎた果汁を集めてミックスジュースを作ったみたいに嫌な味がする。熟しすぎた果実はやがて土に落ちる。土に落ちた後には腐って種を土へと返し、新しい芽を出す。ミックスジュースを片手にしながら、土の上に落ちた潰れて腐りかけた果実をじっと見ているかのような心境になってくる。まるで幻想と現実の境目がなく、ぼんやりとまとわりつくような何かの中で得体の知れないものがうごめいているかのような気持ちになる。これはアメーバのように動く果実と例えた方がいいかもしれない。
 「三月の兎」は三月に意味不明の発作を持った女が出てくる。実は私も意味もわからず非情に不機嫌だ。何故こんなに不機嫌なのかもわからずに、その正体をも見極めずにこの文章を書いている。まあ、どうでもよくなってきている。自分の惨めな姿、耐え切れない痛み、そんなものを麻痺させるためにもっと痛みを感じる行為をする。その類の女性がたくさんいる。今の時代男女問わずだが、言わば愛の飢餓者たちだ。大人となるともはや周りに責任は押し付けられない。それは子供だけで充分だ・・・が、そのような行為をする人間は体だけが大人になったに等しい。どこかで、子供になり損ねた心を過去に置き去りにしている。だから、何か決定的な部分が欠けている。それを理性や「常識」などといった表面上の取り繕ったもので覆い隠す。実のところは子供なわけだ。誰をも責めることはできない。膨張と縮小を繰り返す制御できない精神は誰が救えると言うのだろうか。


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2005年06月01日

白い薔薇の淵まで

発行:集英社

純粋すぎたら死んでしまう
 第十四回山本周五郎賞受賞作。私自身は同性愛者については理解があるとは言わない。だが、別に人がやる分にはかまわない。私にさえ迷惑がかからなければいいのだ。最初は官能小説系の作品かと手に取った。個人的には自分で優れた作品を探す金銭的な余裕がないので、すでに評価が下されたものを多く買う。読んでいてとても取材程度のものでは補いきれないほどの細かな心理描写が全編にあふれ出てくる。もし、取材だけでこれだけの文章が書けるのならば、本物の天才だろう。この文章はかなり生活に密着しているか、もしくは天才かのどちらかだろうと思ったが結論は最後のあとがきを見るにあたり前者だった。私は男なのだが、レズビアンを相手にするとえも知れぬ嫉妬心が沸き起こる。一体なんなのかはわからないほどに嫉妬する。気持ちがわかるとまではいかないまでも、(以下は想像するにだが)同性愛に陥ると、異性の「性」というものがとてつもなく物質的に見える。同性同士の細胞は似たような物質でできているために本当に共鳴しあうのだろう。そこには同質でいて、かつ異質な心地よさと完全なる異物ではない安心がある。きっと他の性など「異物」に感じるのは、異性同士のセックスがあまりにも義務的で滑稽に感じてしまうからなのだろうと思う。まあ、これは想像の範囲を出ない。

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2005年05月29日

泳ぐのに、安全でも適切でもありません

発行:集英社

マシュマロのような恋愛事情
とても不思議な感じがする。十人の女性の主観的な視点から、男女の事情を書いているはずなのだが、鋭利な感じはまったく受けず、とても柔らかだ。まるでこの小説の空間隅々まで「江國香織」という液体で満たされている。しかもその液体はとても柔らかく、弾力性のあるものだ。なんとも表現しがたく、それでいてしっかりしているような感じがとても変な感触を自分に味合わせる。読む人が読むとてもつまらなく感じるかもしれない。でもその「つまらなさ」というのは、「斬新で鋭利で生々しい恋愛事情」というものを文字そのものに期待しているせいではないのだろうか。この作品には直接的にはそのような印象は受けない。あらゆるものが優しく包み込まれているせいで、生々しく鋭利なことがとても暗喩的に表現されている。そこがとても不思議な感触を受ける原因だと思う。

以下、各ストーリー

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