2005年07月17日

GHOST IN THE SHELL〜攻殻機動隊〜



マトリクスの原点
私は原作を読んでいないのですが、アマゾンのレビューを見ると原作を見たら映画が楽しめるそう。なにせ世界設定やセリフが難しいので、飛び込みで理解するには辛い作品。
話を飛び込みで理解していくには脳生理学と、フロイトやカント、コンピューター知識と聖書のことは少なからずわかってないと飲み込めてこないと思います。少なくとも脳が電気信号によって様々なことを伝達していると言うことだけは頭に止めておいた方がいい。文字間違っているかもしれませんが、この世界ではサイボーグ化された脳は電脳って言って、簡単に言えば超高機能ネット付きパソコンが頭の中にあるって言った方がわかりやすいかも。
話の設定やセリフが難しすぎて誰にでも理解できる内容ではないと思いますが、「マトリクス」の原型になっただけあって、あれがこの話のパクリだということがよくわかります。なにせ「マトリクス」を一番最初に見たときは吹き出しそうになった。だってそのままなんだもん。
最後のセリフが理解できない人は話や世界観そのものが理解できていない人。
マトリクスの終わりも同じ内容のセリフでした。
この話の主題は自我や自己、それを取り巻く世界、世界があるゆえに自我や自己があり、それらが育てられ、拡大し、世界があるゆえに自我や自己が制約され、時には収縮されるという二律背反。それを超越するためには世界そのものになるという命題。これが根っこにあると思います。
映像が綺麗なので楽しめるとは思いますが、相当頭柔らかくして色々なことを頭にとめておかないと「結局なんなの?」ってことになってしまう。
そういう意味で、見る相手を選んでしまう話です。
「イノセンス」を見るのならこちらは絶対に見ておいたほうがいいです。
なにせ「イノセンス」続きなので、こっちで少し話を理解しておくと、「イノセンス」の中で出てくるキーワードが理解できます。
作中に出てくる変な歌の言葉は神韻と呼ばれるもの。ご利益があるかも?


結局脳は電気信号によってあらゆる体への信号を出しているわけです。それは記憶をつくり、世界を認識していくわけです。五感が入力という電気信号ならば入力に対して頭で考えて行動していくことが出力なわけです。じゃあ、夢や幻なんていうのは現実とは呼びませんが、頭の中では脳波が違うにしろ同じ電気信号です。じゃあ、自我や自己を作る電気信号はたとえバーチャルな空間の中でも作られるわけです。極端に言えばずっと夢の中で生きてきた人間は自我や自己を持っている人間なのか。それは人間と呼ぶのか。人間ってなんなのか。狼に育てられた人間の話がありますが、狼と同じような習性を持ってしまった人間は人間とは呼ばない。個を離れて、集団というレベルで見たとき、同じ環境やシステム、規格で構成されたものはバグを起こしやすい。記憶が同じなら交換しても何も生まれない。それは生命たるものの最終命題、「融合」を行えないから。情報を制御すると見事に個性は抑えられます。私たちは人間ですが、人間ってなんなのか。私たちが人間であり続ける以上、人間から作り出された様々なものの根っこはやはり私たちに返ってくるわけです。神の正体は「世界」です。つまり自己を越えるには「世界」そのものになるしかない。しかし、それは肉体がある限りはなれないわけです。「世界」が自己となったとき、その自己は完全なる自由を得るわけです。
まあ、支離滅裂かもしれませんが、ひとつだけ言うなら、ゲームばっかりやらせて、人とのコミュニケーションをとれない子供作ったりしちゃ犯罪ですわ。だって、ゲームが現実になっちゃうんだもの。
posted by ハヤブサ at 02:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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