2005年06月06日

熟れてゆく夏

発行:文芸春秋

ああ、まるで梅雨のよう
 じとじとしている。じめじめではない。それよりも乾いてはいるが、「膿んでいる」のが全体的な雰囲気として上げられる。書評は後書きで本に書いてあるからしない。だからせっかくだから個人的なことを書く。と、言っても本のことだが。
 非常にイライラしていた。いつもならすらすら読める文章が、この人の文章だとなかなか頭の中に入ってこない。二日も三日も同じところを読んでいたがそれでも頭の中に入ってこない。後書きを読んでようやく確認できたほどだった。なぜだろう。この三篇の中に出てくる主人公の女性には共通して「トラウマ」とも言える、ある種の傷が存在する。与えられたもの、覚えてしまったもの、意味不明なもの。この三種の傷がそれぞれの主人公を彩る。藤堂志津子さんの文章力はまるで詰め込みすぎた弁当箱のようだ。自分にとってはそれはあまり美しいとは言えない。一体何を読んだかさえもよく思い出せない。とにかく息苦しい。
 「鳥、とんだ」では、男性への疑念とそして「どうして信じさせてくれない!」というセリフにもあるとおり、己が抱く相手への理想と期待によって自滅していくさまが描かれている。中に出てくる耳が腐食していく犬が、それに気がついているのかそうでないのか、処方された薬を省いて餌を食べ続けるように、まるでその飼い主も己の抱く「病的」な相手への疑念と重なっていく。あまりにもあんこが詰まっているので最後にお茶を出されてもちっともすっきりしない。どの編もそこから先の主人公の変化があるのだろうが、どうにも中にじとじとしたものが詰まりすぎているような感じがする。私自身はそれを含めた文章の詰め込み具合が、自分の脳みそのキャパシティーに合わなかっただけの話なのかもしれない。
 「熟れてゆく夏」は第百回直木賞受賞作だ。最初は藤堂志津子という作家は詩人から始まったらしい。作中に出てくるあらゆる暗喩を含んだ詩がこの話すべてを掴み取っている。タトゥーのような過去の記憶が消えないままに体に刷り込まれている。その記憶を嫌悪をもしている。まるで熟しすぎた果汁を集めてミックスジュースを作ったみたいに嫌な味がする。熟しすぎた果実はやがて土に落ちる。土に落ちた後には腐って種を土へと返し、新しい芽を出す。ミックスジュースを片手にしながら、土の上に落ちた潰れて腐りかけた果実をじっと見ているかのような心境になってくる。まるで幻想と現実の境目がなく、ぼんやりとまとわりつくような何かの中で得体の知れないものがうごめいているかのような気持ちになる。これはアメーバのように動く果実と例えた方がいいかもしれない。
 「三月の兎」は三月に意味不明の発作を持った女が出てくる。実は私も意味もわからず非情に不機嫌だ。何故こんなに不機嫌なのかもわからずに、その正体をも見極めずにこの文章を書いている。まあ、どうでもよくなってきている。自分の惨めな姿、耐え切れない痛み、そんなものを麻痺させるためにもっと痛みを感じる行為をする。その類の女性がたくさんいる。今の時代男女問わずだが、言わば愛の飢餓者たちだ。大人となるともはや周りに責任は押し付けられない。それは子供だけで充分だ・・・が、そのような行為をする人間は体だけが大人になったに等しい。どこかで、子供になり損ねた心を過去に置き去りにしている。だから、何か決定的な部分が欠けている。それを理性や「常識」などといった表面上の取り繕ったもので覆い隠す。実のところは子供なわけだ。誰をも責めることはできない。膨張と縮小を繰り返す制御できない精神は誰が救えると言うのだろうか。


 わかった。イライラしている理由が。この主人公たちは己のネガティブさを肯定しているどころか、それを武器に使っている。つまりまわりまわってトラウマの肯定になる。それは実に巧妙でしたたかだ。誰もが気がつかない巧妙な罠だ。現代のほとんどの人々は他人に興味がない。すべて内側へこもる行為だ。つまり、己の主観的な感情が先立って、主観のフィルターを通して物事が判断される。それは結局自分主体であって他人主体ではない。現代が生み出した自由のみを主張し、義務を放棄する、「自由の民」だ。三篇の中にいる彼女らのみならず、すべての登場人物がその中にいるのだ。だからイライラしたのだ。
 自分勝手は別に悪いことではない。男女の関係や、恋愛事情も自由だ。だが、歯車が合わなかった原因を何かのせいにするのは不条理としかいいようがない。物事は複雑に組み合わさっているようで実は単純だ。その単純さを複雑にしているのは当事者だけだ。
posted by ハヤブサ at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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