2005年05月27日

宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短篇コレクション(中)



発行:文藝春秋
※注意:推理小説というジャンルに関しては、読む前のネタばれを恐れる人がいるので、気にしない人だけ見てください

今回の編集は、男と女を取り巻く事情、男と女同士の事情に絞った短篇集。「悪女を描く時、清張さんは手加減しませんでした」と宮部みゆきさんは書いていますが、この中で出てくる一番の悪女は「書道教授」の中に出てくる水商売の女。一番悪いのは男なのですが、その男の浮気の事情に漬け込み漬け込み、もはや犯罪と断言していいほどの行為を行います。宮部みゆきさんは前半を「淋しい女たちの肖像」後半を「不機嫌な男たちの肖像」とまとめていますが、男も女もどちらともすがり付き合っているので、色恋に関しての事情は片思いではない限り、ほとんどは皆淋しいのではないかと思うのです。
「不機嫌な男たちの肖像」は、社会に飲まれる、また社会の権力や力に飲まれ翻弄され、その中で身勝手に振舞う人間たちの肖像と言ってもいいほどです。なにせ漠然とした事情の中で漠然と事件が起こるような感じです。この中での一番の悪は「保身」ですね。はっきり言ってしまえば「責任を取らないことが一番悪い」のですが、社会と言うのはどうにも「正義感」を通していくにはとても生きずらい。特に組織という中にいた場合、組織の一員でいる限りは組織の意向に反することはなかなかできない。別に闇の世界とかそういう話じゃなくて、実際会社に入っても似たようなことが起きます。ようは理不尽なんですね。

以下
「遠くからの声」
「書道教授」
「カルネアデスの板」
「空白の意匠」
「山」

「遠くからの声」
松本清張さんが恋愛小説を書くと、こんな風になるのかなと感じた。松本清張さんは細かな現象を浮き彫りにして、そこから心理描写を間接的に書いていく。決して具体的で細かな心理描写はないのだが、ぱっと、「ああこの人はこんな気持ちで心を紛らわせていたのだ」というのがわかってくる。まるで、それはさっと幕を開けて中を見せるのと似ている。自分の失恋のために逆に男と付き合いまくってふりつづける女はいないまでもない。いや、いる。この話は展開が読めないわけではないのだが、これが松本清張の描き方、というのがわかる一作ではあると思う。

「書道教授」
浮気男の話。途中で男の多少安易な推理から事件は急展開する。安易な推理と言うのは、証拠がなさすぎて、推理がほとんどを占める。結果的には少しだけ推理は外れるのだが、推理だけで人生を左右する博打に出るのはあまりにも安易だと思った。
それにしてもこの浮気男、本当に救いがたい。ダメ男すぎるのだが、一番注目した点がある。何故、「書道教授」なのか。この話の中での書道話でこんなセリフが出る。
「ひとにはいろいろ病気があるように字にも病気があるのでございます。字ではこれを病勢と申しております。書道の習いはじめには、この病気にかからないよう、十分に気をつけていただくよう、みなさんに申し上げております」

皆さん字クセってありますでしょう。字クセがついたら直すのは非常に苦労が伴います。かく言う私も非常に字が汚いのですが、どうもこのセリフ、「一度ついた浮気心は字の病気のごとく直すのが非常に困難です」という暗示に見えた。それを考えると、「一体誰が不幸なのか」が少し変わってくる。
―古本屋の女房に一目惚れしていたのが彼の不幸だった。

今でこそ、男も女も、芸能人などに惚れたりなんかして男女の事情は昔よりかは変化してきている。テレビの前で芸能人にかじりつくようにして見ていたり、部屋の中には自分の写真よりも芸能人のポスターが堂々と張られていたりすると、ちょっとした嫉妬心を抱くのではないだろうか。そして街中でのデートで「あ、あの人誰々に似てる。かっこいいよね」なんて言われてみたら、多少カチンとくるのではないだろうか。浮気心自体は害ではないとは書いているが、それが実行行為になると害になる。それがこの話なのではないだろうか。
宮部みゆきさんは浮気男が妻に着物を買い与えて幸せを感じるシーンに憤慨していた。それよりも女性にはこの浮気男自体が耐えられぬのではないかと思う。恐らく本を破り捨てて燃やしたくなるほどの怒りを覚えるのではないかと思う。さすがにこの男の身勝手さには奥さんも気の毒に思えてくる。

「カルネアデスの板」
一人しかしがみつけない板に二人が溺れていて、片方の人間を自分が生き残るために犠牲にしてもよいか、という命題なのだが、これは刑法で言う「緊急避難」の考え方。法律は生命の危機に直面するふたつの命があったとして、命一つ犠牲にするのに対して命一つしか救えなかったのならばそれはしょうがないという立場。つまり、相殺でゼロならばしょうがない。ただし、つりあわないならば罪に問う。そういう考え方です。
これは自分の保身のために、たった一人しか残れないような重要なポストを死守するためにライバルを罠にはめるという話なのですが、私自身はこういうやり方は嫌い。というのは、他人を引きずりおろすのは、まるでその人を超える実力が自分にはありませんと認めているみたいで嫌なのですが、この人は言わば教科書を書くほどのインテリ。思い通りに行くのですが、インテリを自分でも感じているだけあってプライドも少々高い。そのプライドで自滅する姿はとても皮肉めいているのですが、このくだらないプライドでの自滅が周りにはなんと多いことか。それよりも以前に小さなプライドがいかにくだらないかとも感じていないから自滅する。人の抱く自己矛盾は気がつかないところで多く抱えていたりするものなのです。

「空白の意匠」
なにせ正直な人は気の毒なほどに被害をこうむる時がある。それがこの話。失敗したら相手社長に豪華な接待。今はこんなことやるのだろうか。きっとどこかでやっているのでしょう。失態を金や贈り物で補うのはビジネスマンとしてどうかとも思うのです。なにせ悪くない人が責任取るのはとてもおかしい。主人公を取り巻く人たちの振る舞いにイライラさせられます。悪くない人が悪いように扱われて、悪い人が悪くないように扱われる。やっぱり理不尽です。
どうしても会社は利益が出なきゃやっていけない。損失を出した張本人でもないのに何故こんなに苦労しなければならないのかっていうのは、やっぱり独善的な考えがまかり通ってしまったから。周囲との連携は欠かせないわけです。

「山」
悪女なのか、本編で動いているのは男なのですが、重要なキーパーソンはやっぱり女性。男の弱みから出た悪の種かもしれませんが、男の悪行を助長させてしまっているのは女性だったりします。
この話でも、「保身」が目に付く。人間どうしても算数的な考えを頭でしちゃうんですね。道徳的に反することでも、道徳を通すことと、または無視することよって失われる利益の計算をするわけです。誰しもそうやって生きているんじゃないでしょうか。そうしてどつぼにはまっていくのです。被害にあっている人はどんな気持ちでとかどのような状態でとかの記述がなく、第三者の視点で事件を追うことになります。因果応報というべきか、最後は悪いものへきちんと制裁がなされるわけですが、異性関係でこじれると身の破滅ですね。本当にぞっとします。
posted by ハヤブサ at 01:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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