2005年12月06日

血と骨



たけし炸裂!
在日朝鮮人を巡る話なのだが、少しだけプロレスラーの前田日明の話を聞いたことがあるが、相当苦労しないといけなかったらしい。そういう苦労は私なんぞでは量り知ることができないが、全編にわたる暴力と性と金への欲求は、抑圧されていた過去があるからなのか、それともそれが本来の姿なのかわからない。
焦点は作者の梁石日よりも父親のたけしで、青年時代の背景がないので映画からは父親の背景は推測しづらい。
それにしてもたけしが壊す壊す。家壊す、人壊すわで本当、見ていると暴力やグロテスクな映像に抵抗がある人は荒んでいるような映像に二時間もつき合わされちゃって疲れちゃうという感じがするかもしれない。セックス、レイプシーンも多い。
今の社会で強制労働や家庭内暴力やレイプなんて受け付けないのでは・・・と思ったけれど、これ、もしかしたら荒んだ現代人の姿にも似ているかも。介護の問題なども絡めて、昭和の時代の映画は在日朝鮮人というよりも、むしろ現代への風刺のようにも見えてくる。途中で「悪い血が流れているかも」と姉が言うシーンがあり、さらに「だんだん親父に似てきた」なんて言われる場面があって、何かしら悪いにしろ、いいにしろ、受け継がれていくものなのかもしれないと思っている。
ちなみに自分も父親に気持ち悪いほど似てきて、嫌な思いをしているし、はっとすることがある。どこかで嫌っていた父親に知らず知らずの間に似てきていた自分には他人から指摘されても認めたくないものだが、作者の梁石日もどこか自分が愚かしい道を歩んだのではないかと回顧した部分もあったろうに推測する。

この作品で重要な点は、たけし演じる父親が主人公なのだろうが、暴力やセックスの影に、どこか強欲を押し通してでも人と繋がろうとする気持ちが組んで取れるところは見逃してはいけない点だと思う。
普通冷徹な人間が娘の葬式で暴れたりはしないでしょう。中年の頃はひたすら己のために人すらも踏みにじるような人間だったが、晩年息子の借金を肩代わりしたりする。
ちょうどうちのじいちゃんにどことなく似ていて、昭和を生きた強烈な人間はどこかにサバイバル意識が鋭利なナイフのようにあったのだろう。人を救う人間とは言いがたいが、ただひたすら生きようとすることに命をかけていく姿は見るものを圧倒する。
たけしだからこそリアリティーが出てきたと言えるのではないでしょうか。
拒否反応が出るとまったく受け付けなくなる作品だったけれど、スタッフや作者を含める強烈な思いがこの作品には込められているような気がします。
なぜ、こんなことになってしまったのか、父親の周辺への心理状態をぜひ考えて欲しいと思います。人間というよりも「獣の本能」に近い。
posted by ハヤブサ at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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